巨大な看板と城壁とバグとの死闘

 今はアップデートでバグの修正ができますが、昔はできませんでした。
 納品したロムに致命的なバグが見つかれば、回収騒ぎとなりヘタすれば会社が傾く大問題です。

 メダロットの時ではないですが、納品後に重大なバグが発見され、京都の任天堂様の工場に一人向かったことがありました。
 最寄り駅からすぐに任天堂様の看板は見えるのに、行けども行けども辿り着けません。
 駅から看板が見えていたのは工場が近かったからではなく、私が思っていたよりずっと看板が巨大だったからなのです。
 それでもやっとたどり着いたと思ったら、今度は長大な難攻不落の城壁に阻まれ、やはり行けども行けども入り口が見つかりません。

 徹夜明けの体力ゲージは残り少なく、疲弊しつつも何とか入り口までたどり着き、ロムを手渡し踵を返した時、工場の方に呼び止められました。
「帰り道は分かりますか?」
 極度の方向音痴の私は、その方のお言葉であることに気づきました。
 行きは巨大看板を目印に迷うことはありませんでしたが、帰りは目印の看板が無いのです。
 当然その時代、グーグルマップなんて便利なものは存在していませんでした。
「……分かりません」
 あの時親切な工場の方に手描きの地図をいただかなかったら、私は駅まで帰り着けなかったでしょう。

……こうして無事手渡した最終ロムであったはずのものは、更にバグが見つかり違う方の手で再び工場へと届けられたとか何とか。

 デバッグは背水の陣。
 致命的バグは死活問題。
 死力を尽くした作品が致命的バグ一つで死亡なんて、あってはならないことです。
 決死の覚悟でデバッグしていたものです。

 任天堂様の京都の宇治工場。温かな日差しに照らされ輝く水面の宇治川沿いを歩いた思い出。
 修羅場の徹夜明けという状況と、そののどかな光景が対照的で、深く印象に残っております。
……ちなみに会社の上司な方に言われていた、お土産の宇治抹茶は買っておりません。

3+

敵メダロット構成悲喜交々

 シナリオ屋がゲーム開発スタッフであることのメリットでお話ししたように、イベントのシステム関連では私の要望が叶えられた一方で、敵メダロッターのメダロットたちの構成は、私のシナリオに合わせてもらえませんでした。
 私の希望でデザインしていただいたさくらちゃんの後継機、ネオさくらちゃん(攻撃パーツを持たない、応援メダロット)がコウジのリーダー機にされたときは愕然としました。

コウジ「おれは いつだって 本気だぜ!」

 コウジの本気とは一体……。
 私の脳裏には、がむしゃら特攻で真っ先に散ったエクサイズ(こちらが本来のライバル機)と、残されたネオさくらちゃんが両腕のポンポンを振り回し超高速で応援を繰り返すシュールな図が焼きついております。
 ロボトルの戦略としてはアリだと思うだけに、何とも言えない気持ちになるのです。
 何より、ネオさくらちゃんの間の抜けたゆる~いデザインは、 カッコいいライバル機のイメージからかけ離れておりました。
……ちなみにネオさくらちゃんの元となったさくらちゃんを発案したのは私で、さくらちゃんシリーズ自体は今でも大好きです。
 ですが私は、さくらちゃんをライバル機のイメージで発案したわけではなかったのです。

 ライバルのコウジだけではなく、ヒロインのアリカのメダロット構成も、私の想定外のものでした。
 アリカに関して私は、ゲームの初期段階で対戦する練習相手と考えていました。ところがアリカは私の想定を遥かに超えて、強すぎたのでした。
 そのため私が用意したアリカのセリフと、アリカ自身の強さが噛み合っていないという現象が起こりました。

 アリカ「かよわい女の子だからって 手をぬかないでよ!」

 かよわさとは、一体……。
 元々女型しか使わないアリカ相手に、初期段階で女型限定ロボトルのイベントを入れてしまった私は焦りました。
 ヘタすれば詰みかねないと思ったからです。

 アリカ「もーちょっと 手かげんしてくれたって いーじゃない!」

 手加減して勝てる相手ではなかったと思われます。
 私が「なんでコウジにネオさくらちゃん!?」「ライバルのコウジよりアリカの方が強いんじゃ?」と指摘しても、「面白いじゃないですか」と返されてそのままでした。

 ならばと私は、アリカが単身でロボロボアジトを壊滅させるイベントを作りました(メダロックCDの「愛しきロボロボ団」の歌詞にも、そのエピソードは入れました)。
 アリカならロボロボ団員が何匹出ようとも、一人で余裕だと思ったのです。
 アリカのメダロット構成を私のシナリオに合わせてもらえなかったので、私の方がアリカの強さにシナリオを合わせました。
 このヒロインによる敵アジト殲滅イベントは、イッキだけでなくプレイヤーの皆様も「アリカなら……」とご納得いただけたのではないでしょうか。

 さらに私の想定外のメダロット構成は、コウジとアリカだけではありませんでした。
 メダロット4で登場させた四天王(中ボス)の一人、コクエンの メダロット構成に、私は衝撃を受けました。

コクエン「なんで 勝てねぇんだよッ!!
 こいつは だれにも まけない
 どんな ヤツでも ぶっこわせる
 さいきょうの メダロットじゃ
 なかったのかよ!?」

 私がそんなセリフを用意したコクエンのメダロットたちの能力は、「地形効果」でした。
 地形効果はその名の通り、バトルフィールドを変更するという効果です。
 よって地形効果だけでは、何一つぶっ壊せません(もちろん、他のメダロットやパーツとの組み合わせ次第ではありますが)。
 私が想定していたコクエンのメダロットは、 攻撃力の高いパーツを持つメダロットでした。
 台詞とメダロット構成のちぐはぐな組み合わせにより、比較的シリアスなシーンのセリフのはずが、ギャグパートのようになってしまいました……。
 ちなみに他の三天王のメダロット構成に関しましては、コクエンのインパクトが強すぎてあまり気になりませんでした。

メダロットでは毎度おなじみとなってしまった「敵構成がシナリオを書いた人間の想定外」というこの現象は通常、小説や漫画等ではなかなか起こらないのではないかと思うのです。
 そんな開けてビックリなメダロット構成でしたが、結局は餅は餅屋、ロボトルはロボトル屋にお任せが一番だと思いました。
……メダロットのバトル、ロボトルは、私というシナリオ屋の想定外なところが面白かったのかもしれません。

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